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第三章:嵐の中で

Auteur: 佐薙真琴
last update Date de publication: 2025-11-24 17:00:48

 エルデンの街に到着したのは、旅の開始から二ヶ月が経った頃だった。

 石造りの城壁に囲まれた中規模の交易都市で、北方への重要な中継地点として知られている。街の中心には大きな市場があり、様々な商人が店を構えていた。

「わあ……!」

 ミラは目を輝かせながら市場を見回した。

「すごい人! こんなに賑やかな場所、初めて見ました!」

「リムル村は小さな村だったからな」

 セレインは淡々と言った。

「ここで二日ほど滞在する。補給を済ませ、情報を集める必要がある」

「情報、ですか?」

「北方の天候と魔物の動向だ。この季節、シルフの渓谷を越えるのは危険が伴う」

 二人は宿を取り、それぞれの用事を済ませることにした。セレインは冒険者ギルドへ向かい、ミラは市場で食料を購入する。

「夕刻に宿で合流しよう」

「はい! わかりました!」

 ミラは嬉しそうに市場へと駆けていった。

 セレインはその後ろ姿を見送り、

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